つれづれ日記

何者にもなれない、何者にもなりたくない、とか言っている。

自由で豊かな孤食の世界

一人暮らしをしていると必然的に一人でご飯を食べることが多い。

 

世間では一人でご飯を食べることを”孤食”というそうですね。

そして、”孤食”という言葉にはネガティブなイメージが強い、と思う。

 

しかし、孤食には自由で豊かな面もあると思います。

そんな孤食の世界に対する私の見解を紹介します( •̀ ω •́ )✧

 

まず、好きなものが食べられるということ。

友達と大学で食べる昼食も美味しい。けれど「この日はカフェのパスタじゃなくて学食の定食が食べたかった」ってなことを感じることもあります。そんなとき、孤食の"選べる幸せ"を感じます。

 

次、時間を気にしないということ。

私にとって小学校、中学校の頃の給食の時間は、どれだけ早く咀嚼するかということだけで頭がいっぱいになっていました。給食自体は本当においしくて好きだった。けれど、お弁当箱いっぱいに盛られた白米を目の前にして、限られた時間で食べることは私にとっては容易ではありませんでした。班ごとに机をつけて顔を見合わせて食べるのですが、口は食べるためだけに動かしていましたね。(笑)

その点、孤食は自分のペースで食べることができる。美味しいものを”味わえる幸せ”があります。

 

最後に、食べるときに何をしていても良いということ。何をしてもというと語弊を感じますが、。

ここまで孤食の良さを挙げてきましたが、なんといっても一人の食事は味気なく感じることがありますよね。だから家ではテレビや動画を見ながら食べることが増えました。家庭によってはタブー視されていることかもしれないですけどね。ソロ暮らしの特権でしょう!他にも最近は、ラジオやポッドキャストを聞きながら食べることにハマっています。テレビなどに比べ、視覚が邪魔されないため食べることに集中できて、満足感も高まります☺️

 

あと、食事のお供にと新聞で紹介されていた動画です。

サムネだけですでに好きなのですが、傷心したときに使うと癒されそうですね(❁´◡`❁)

 

www.youtube.com

この動画はこんな孤食の在り方があるのかという驚きを与えてくれました(笑)

 

時々誰かと食事をすることももちろん楽しいですが、一人の食事の時間も気楽で悪いものではないような気がします。ということで以上、私の自由で豊かな孤食の世界に対する見解でした。

お読みいただきありがとうございました☺️